映画「シン・シティ復讐の女神」は91年に発表された、グラフィック・ノベルが原作です。グラフィック・ノベルとはアメリカン・コミック(アメコミ)の中でも、よりアダルトを意識した内容の作品。発表と同時に、アメコミ好きの中では話題となり、93年には翻訳も出ました。しかし、僕が、“シン・シティ”の過激さを認識したのは、登場人物の一人であるマーヴをモチーフにしたアクション・フィギュアが大問題になった、というニュースを耳にしたときでした。原作でマーヴは、電気椅子で処刑されます。なんと、この処刑シーンを再現したフィギュアが売られたのです!当然、不謹慎すぎると大バッシング!だから“シン・シティ”は、とにかく、物議を巻き起こすコンテンツでした。なので、大スター共演で、映画化されると聞き、ちょっとビックリした覚えがあります。それが05年公開の「シン・シティ」。当時は「X-MEN」「スパイダーマン」の映画が成功しており、「バットマン・ビギンズ」「ファンタスティック・フォー」の公開が控えていました。スーパーヒーロー系のアメコミ原作映画が注目を集め始めたときに、ケンカを売るかのように「シン・シティ」が公開されたわけです。
結果は、興行的にも内容的にも大成功!この映画が支持された原因はいくつかあげられるのですが、やはり原作の持つ雰囲気を大事にし、強烈なモノクロの世界に一部カラーが入るというビジュアル&マンガのコマ割りをイメージした表現という独特の世界観を作り上げたことです。そう、“シン・シティ”という物語をただ映画化したのではなく、“シン・シティ”というグラフィック・ノベルをキチンと映像化した、のです。と同時に、見た目が珍しいだけの映画に終わらせなかった。そこで繰り広げられるのは、一流の役者たちが演じる、心に深く刺さる犯罪小噺。そう映像的に斬新、内容的に濃密だったからこそ、多くのファンの心をつかみました。あれから約10年。ずっと続編の登場が望まれ、満を持しての登場です。「アベンジャーズ」や「ダークナイト」が世界的なメガ・ヒットとなり、スーパーヒーロー系アメコミ映画が“注目を集める”どころか“エンタテインメントの主流”になったこの時代に、また挑戦するかのように「シン・シティ 復讐の女神」となって帰って来ました。
「シン・シティ 復讐の女神」は、暴力と官能に満ち溢れていますが、どのエピソードも、とてもエモーショナル。刺激的な映像、過激な描写、マンガチックなスーパー・アクションをちりばめながらも、そこで描かれるのは人情話。とんでもない悪女を愛してしまった男、命の恩人の復讐のためにその命を投げ出そうとする女、憎しみでしか絆を作れない父と息子、このダメダメな連中に力を貸す、残忍かつ凶暴だけど、どこか純粋な大男、、この映画に登場する誰かに、きっと共感できるでしょう。「アベンジャーズ」が、実は、“ヒーローアクションの形を借りた人間ドラマ”だったように、「シン・シティ 復讐の女神」は、“犯罪アクションの形を借りた人間ドラマ”なのです。さて本作は、映画ファンにとっては、ロバート・ロドリゲスの監督作ということでも注目ですが、アメコミ好きにとっては、このコミックの原作者であるフランク・ミラーが、再び映画の共同監督として名を連ねていることが嬉しいのです。アメコミは、物語を書くライターと、絵を描くアーチストの分業が多いのですが、フランク・ミラーは両方の才能を持っています。あの「300」の生みの親でもありますが、何と言っても彼の名を有名にしたのは、86年に発表した「バットマン:ダークナイト・リターンズ」。核戦争の危機が迫るアメリカ。すでに引退し、初老の男となっていたバットマンが、再びゴッサム・シティの犯罪を撲滅するため立ち上がるが、政府はバットマンを危険な存在と見なし、という筋立て。ヒーローとは?正義とは?を読む人に問いかける濃密な物語と独特のアートで、アメコミにもう一度、大人の目をむかせた作品とも言われ、バットマン人気を復活させるきっかけとなりました。89年のティム・バートン監督による「バットマン」、05年のクリストファー・ノーラン監督の「バットマン・ビギンズ」にも影響を与えています。改めてフランク・ミラーに注目すると、“シン・シティ”という街は“バットマンがいない、ゴッサム・シティ”なのかもしれません。
先ほどの話とかぶりますが、ロバート・ロドリゲスは、“シン・シティ”の単なる映画化ではなく、“シン・シティ”そのものを映像として再現したかった、、だからこそフランク・ミラーとの共同監督作にしたのでしょう。毎夏、アメリカで、アメコミの祭典ともいうべき、サンディエゴ・コミコン(SDCC)というイベントが開かれます。SDCCでは、これから公開されるアメコミ映画の発表も行われるのですが、14年は、この「シン・シティ復讐の女神」のパネル(発表会)も大盛り上がり。中でもファンの質問に答える形で、フランク・ミラーが“ロドリゲスとは「シン・シティ3」の話をしてるよ”とコメントしたときは、会場から拍手が巻き起こりました!危険すぎる街シン・シティ、でも、また訪れたくなる。シン・シティの毒気に誰もがハマってしまうのです。